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なぜ3姉妹は服を脱ぐのか? HAIM「Summer Girl」ポール・トーマス・アンダーソン監督作

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 この夏、ミュージックビデオが印象的で、繰り返し聴いていた曲がある。LA出身の3姉妹がフロントウーマンを務めるバンド、HAIM(ハイム)の「Summer Girl」という曲。7月31日にミュージックビデオと共に公開され、監督をPaul Thomas Anderson(ポール・トーマス・アンダーソン、以下PTA)が務めている。

 PTAがHAIMのミュージックビデオを手がけるのは4回目なのだけど、今回の作品が個人的には一番のお気に入り。HAIMの3人がLAの夕暮れを闊歩しながら服を次々と脱いでいくのを映しているだけなのに、それがただただ美しくて。

 今年トップクラスのミュージックビデオだと思うのだけど、一つ疑問が湧いた。なぜ彼女たちは服を脱ぐのか。ジャケットを脱ぎ捨て、セーターを脱ぎ捨て、Tシャツを脱ぎ捨て、最後は下着姿になりエンディングを迎えている。

 服を脱ぎ「Summer Girl」になったのはなんとなくわかる。でもサマーガールってなんだろう? 歌詞を見ても、恋人への愛の歌であることくらいしかわからなかった。

 HAIMのリードボーカルのダニエル・ハイムによると、この曲はパートナーが癌になった時のことを歌ったものらしい。癌になったパートナーとはバンドの初期からプロデューサーを務めるAriel Rechtshaid(アリエル・リヒトシェイド)のこと。アリエルはVampire Weekend、Charli XCX、Carly Rae Jepsenなどを手がける敏腕プロデューサーで、HAIMの作品にもデビューアルバムから携わっている。

 彼にステージ1の精巣が見つかったのは、HAIMの前作2017年の2ndアルバムの制作中のことだった。幸い早期に発見できたため、手術をして経過をることになったのだけど、彼は「死ぬかもしれない」と思ったそうだ。そんな闘病中の彼へ向けて書かれたのが「Summer Girl」だった。 

 ダニエルは落ち込む彼を励ましたい、彼の光になりたいと、祈りのようなこの曲を作った。“ I’m your sunny girl / I’m your fuzzy girl / I’m your summer girl ”「私はあなたのサニーガール、あなたのファジーガール、あなたのサマーガール」といったラインが元の歌詞にはあったと、ダニエルはツイッターで明かしている。暗く落ち込む彼に寄り添う、太陽になりたい、夏のような存在でありたいという思いを込めた歌だった。

 PTAがミュージックビデオで描いたのは、闘病の冬の季節をすぎ、服を脱ぎ捨て、夏になるまでの姿だったのだろう。曲の終盤、クエンティン・タランティーノが所有する映画館New Beverly Cinemaで、ダニエルはボックスオフィスの中から愛の言葉を投げかける。

 「サングラスの下の涙、あなたの心の傷はとても深い、わたしのうしろではなく、わたしの横を歩いて、無条件の愛を感じて」。次のシーンで、3姉妹はTシャツを脱ぎ捨てサマーガールになった。そして、アリエルの癌も完治した。

 ミュージックビデオの話ばかりしたけど、サウンドの方も素晴らしくて。曲が完成したのはリリースの数週間前のことで、まず曲を元Vampire WeekendのRostam Batmanglijに送り、Lou Reedの「Walk on the Wild Side」風のリフレインとサックスが追加され、さらにアリエルが調整を加え、最後にAlabama Shakesなどを手がけるプロデューサー・エンジニアのShawn Everettがミックスしたという。

 ハイム、アリエル、ロスタムは旧知の仲で、2010年代インディーロックの最重要人物たち。そこにショーン・エヴェレットという現代最強のロックサウンドをデザインできる才能を投入している*1 

 アリエルはHAIMの2ndアルバムがリリースされた時に、感謝の言葉をインスタグラムに投稿していた。アルバムの制作が自分にとってエモーショナルな出来事で、3姉妹はよくサポートしてくれていた、PTAはレコーディングの初期からスタジオに訪れてスケジュールを合わせてくれたし、ロスタムも手伝ってくれて感謝している、と述べていた。

 それから2年、なぜ急に「Summer Girl」の作業を始めたのかは謎だけど、再びチームがタッグを組んでこんなに素晴らしい曲を届けてくれた。次のアルバムも楽しみ。 

*1:レコーディング・エンジニアのショーン・エヴェレットに関しては、サインマガジンの記事が詳細でおすすめです。