2019年の夏も、音楽シーンの変化は目まぐるしい。メインストリームのBPMは徐々に速くなり、マイナーキーの曲が減り、陽気なメジャーキーの曲が増えてきた。ここ数年続いたラップの覇権がやや弱まり、ポップミュージックが少しずつ復活してきたからだろうか。
ポップミュージックの定義も変わり続けているよう。ビルボードチャートのスローンズに座るBillie Eilish(ビリー・アイリッシュ)、Lil Nas X(リル・ナズ・エックス)はジャンルの壁を破壊。もはやラッパーではなくロックシンガー(?)として大躍進を遂げたPost Malone(ポスト・マローン)は、今年最多のストリーミング記録を更新した。
そんなメインストリームの外縁でも、あらゆる状況が変化している。Tyler, The Creator(タイラー・ザ・クリエイター)はついに歌い始め、BROCKHAMPTON(ブロックハンプトン)はボーイバンドの定義を更新。Clairo(クレイロ)はベッドルームポップの女王になったようだし、The 1975は痛烈な風刺とサウンドで世界を挑発している。
— LAUNDRY DAY (@DAUNDRYLAY) June 8, 2019
この秋、その4組がサポートを表明したニューアーティストがいる。Laundry Day(ランドリー・デイ)はニューヨーク、マンハッタンのヘルズキッチン地区で結成された5人組。高校で出会った彼らは2018年に2枚のアルバムと1枚のEPを自主制作でリリース。
Tyler, The CreatorやBROCKHAMPTONに憧れているというバンドは、荒削りながらラップ以降のポップソング・バンドサウンドを展開し、あっという間にファンベースを作り上げる。
2019年初頭、いつもと同じようにベッドルームでアルバムを作っていた彼らは、マネージャーのコネクションから、Rick Rubin(リック・ルービン)が所有するLAのシャングリラ・スタジオを2日間使えることになる。そのスタジオセッションにはBROCKHAMPTONのRomil Hemnaniも参加することになった。
3月にリリースされた3枚目の自主制作アルバム『HOMESICK』は、プロスタジオでのレコーディングのおかげで、サウンドプロダクションが飛躍的にレベルアップ。Fader、Complex、i-dといった大手音楽メディアで特集が組まれるなど、躍進を遂げる。
この秋から冬にかけては、Tyler, The Creatorが主催するフェスCamp Flog Gnaw、Clairoのヨーロッパツアー、The 1975の北米ツアーへの参加が決まっている。
3rdアルバムのオープニング「10 SPEED」を初めて聴いた時、イントロの歪んだギターには驚いた。久々に聴いた音のような気がしたから。あの歪んだエレキギターの音は、ポップミュージックの世界では長らくタブーとされた「ダサイ」音だったのだろう。
でもその数ヶ月後、ClairoがMura Masa(ムラ・マサ)とリリースした「I Don’t Think I Can Do This Again」、The 1975の「People」は、両曲とも歪んだギターが鳴りまくってるエキサイティングな曲だった。
ClairoやThe 1975がツアーサポートにLaundry Dayを選んだのも納得だ*1。
Laundry Dayは現代的な感性を持つポップバンドだ。Tyler, The CreatorやBROCKHAMPTONに憧れてバンドを始めたという彼らは、従来のバンドとは異なるアプローチで制作活動をしている。
レコーディングしながら曲作りをおこない、担当楽器は決めず、歌やビート、その他の楽器を思いついた人が順に重ねていくというスタイル。
彼らは全員がプロデューサーで、ソングライターで、プレイヤーである。バンドでありながらポップミュージックのコライトのやり方を選択した彼らは、ジャンルを軽々と横断し、心を惹き付けるアレンジを次々と繰り出すことに成功している。
バンドは強運も持ち合わせている。アルバム発売後、4月にLAのシャングリラ・スタジオに戻ったLaundry Day。スタジオのメインルームには『IGOR』制作中のTyler, The Creatorがいて、扉を開けてバンドが作業していたスタジオに入って来たという。
その時は挨拶しただけだったようだが、11月にタイラーが主催するフェスCamp Flog Gnawへの出演が決まったのはその縁もあってだろうか。
THANK YOU @tylerthecreator! pic.twitter.com/61jAnCYTEs
— LAUNDRY DAY (@DAUNDRYLAY) August 12, 2019
バンドの中心人物、シンガーのSawyer Nunesはソロ作品を制作するなど意欲的に活動している。彼はブロードウェイの舞台経験があり、夏のツアーの直前には、ロンドンのRADA(王立演劇学校)でシィクスピアのプログラムに1週間参加していた。
Donald Glover(ドナルド・グローヴァー)を尊敬しているという彼は、たくさんの事に挑戦していきたいと述べていて、音楽以外にも期待できるかもしれない。
Laundry Dayはまだまだ発展途上で未知数だけど、その才能は現代を象徴するトップアーティストたちの心をすでに掴んでいる。2020年代、最初の台風の目はLaundry Dayかもしれない。
*1:Clairoとはベッドルームポップ的な感性が、The 1975とはポップバンドとしての感性が共鳴したのもありそう